2024.01.17
本気を出せない、一生懸命やれない子が多い。
いざという時、本気になればこれぐらいいつでも出来るとでも思っているかのように見える。
しかし実際にいざやると出来ない。
そりゃ当たり前だ、稽古(練習)をしていないのだから。
ただ稽古していては形を覚えただけだ。
たとえ形だけ出来たとしても、組手には使えないし通用しない。
なぜ一生懸命に全力を出せないのか?
まあ理由も分かりきっているが、そこに意義を見出せないからなのだろう。
そんな単調な作業、そして決まりきった動きの基本が子供たちには苦痛で面白くないからだ。
それともうひとつは体が思うように動かせてないからだろう。
ちょっとやって出来ないと投げてしまう子もいる。
そんな子たちに意味を言っても分からない。
そうまさに型にはめるだけだ・・・・・・
基本(型)は空手にとって体の土台作りなのだ。
型にはめるとはよく言ったものだ。
そうスポーツにもみな型がある。
空手の型とはまた違うが。
すなわち基本だ。(まあどちらも同じ意味として)
そのスポーツの技術における基本、型がみな存在する。
しかしその基本こそが一番つまらなく、一番大事なのだ。
なんでつまらないかというと反復の繰り返しだからだ。
そりゃ面白くない。
野球の基礎はキャッチボール?トスバッティング?
サッカーならパス?ドリブル?
もしかして走るだけかもしれない。
スポーツによって基本練習は必ず存在する。
みなそのスポーツの土台作りだと私は思っている。
空手も基本稽古は欠かさない。
こんなことやって強くなるのかよ、などと入門当時はよく思ったものだ。
特に空手は武道の中でも、変わった稽古体系なのではないだろうか。
もとから強かったりとセンスあるヤツほど、基本を飛ばす。
俺は下手クソで弱かったくせに基本をよく飛ばしていた(笑)
まだ当時の私は今の少年部同様、何も考えずただ指導員にやれと言われてやっているようなものだった。
まあ基本は習得しないと帯は上がらないし、試合に出るにはとりあえず・・・・みたいな感じだった(笑)
とにかく小美玉道場は強さも大事だが、基本稽古は特に重きを置いてます。
少年部が多いうちでは極真空手の稽古体系の意味をしっかり把握させた上で稽古をさせている。
何も技が上手いとか綺麗だとか見た目の問題ではない。
いかにひとつひとつの稽古の意味や目的を理解し体現出来ていることを私は重要視している。
子供の成長は学年や年齢に大いに影響してくる。
学年が同じだからといって成長速度はみなそれぞれだ。
運動能力は大人になるまで三段階あると言われている。
が私は四段階に分けている
第一段階 生後から小学低学年 基本的な運動神経の回路を作りあげる時期
第二段階 小学中学年から高学生 運動神経の回路が徐々に繋がり始める時期
第三段階 中学生 運動神経の回路が強く繋がり始まる次期
第四段階 高校生から成年 本格的なトレーニング取り組み始められる時期
うちは第二段階あたりが多い。
ちょうど運動神経が発達し始める頃だ。
ぱっとしなかった子が体の成長とともに、急に上手になる子もいる。
脳と神経回路が結びついた瞬間だ。
そのようなタイミングをうまく探りながら、地道に待つしかない。
それまでは基本を正しく出来るまで、反復させる以外にないと私は考える。
空手の基本稽古だけに限らず、その他の基礎運動も大事だ。
空手が下手な子は基礎的な運動が劣っていると考える。
だから違う運動も時には取り入れ、その子が足りないものを補うことや見つけることも必要だ。
便利な世の中だ。
そのため人間は体の動きが退化してしまっている部分もある。
せっかく武道を習っているのだから、本来人間の持っている体の力を呼び起こしたい。
正しく基本を理解し反復できれば、みな出来るはずだ。
こんな鈍い俺だってやってこれたのだから(そして今だ努力してます)
だから脳と神経を繋げるには武道(空手)が最適ではないかと私は考える。
それには地味な稽古が必要なのだ。
だから今は一生懸命やれ!全力を出せ!声を出せ!
成長は約束する!
黙って俺についてこい!船木誠勝 談(し、知ってっか?)