2021.08.27
本日は古館先輩とかねてから予定してい猿島道場に訪問いたしました。
この状況の中、自宅の倉庫?を開放して稽古を継続しているとのことでした。
19:00ちょっとに針谷責任者の自宅に到着すると、たくさんの人が集まっていた。
猿島道場は桝田道場の数ある各地区道場の中でも一番の大所帯だ。
道場生が多いのはもとより承知していたが、父兄の方まで数人いた。
なんか炊き出しやるのかなという雰囲気だった。
聞くところによると稽古や大会などを頑張ってきた道場生に労いの会を企画していたようだ。
なんか部外者の私がそんなとこにお邪魔するのは、正直気が引けた・・・・・・・
稽古中、蒸し暑い中黙々と準備をしている父兄のみなさん。

稽古が始まると猿島道場のまた独特の雰囲気を感じた。
針谷責任者の威厳のある指導だった。
厳しく、そして時には励ましながら。
猿島道場責任者の針谷君は私よりちょっと後輩なのかな?
そんなに年も空手のキャリアも変わらないと思う、段も一緒だし。
大会では当時、あまりこちらの地区道場自体がまだ新設されて間もなかったのか、あまり交わった記憶がない。
もう20年以上も前だしね。
道場運営は私なんかより、かなりのベテランだ。
私も指導は十年以上やってはいるが、師範のお膝元にいたため他の地区道場の責任者の方々ほど苦労はしていない。
なので小美玉道場を始めて、色々な苦労が分かった。
正直、今の私では針谷責任者ほどのカラーは出せない。
以前、彼にはこう言われた。
私が彼の道場生を褒めて、小さい子をどうしてあんなに上手に技術や作法を教えられるのかと尋ねると「笹沼先輩は優しすぎるのですよ。道場生に甘いのです」と。
そんな厳しい指摘を受けた。
言うよね~でも全くだ。
何も言えましぇん・・・・・・・
大人は自分の意思で空手に来ているので、どんなに厳しくしても大丈夫な感があった。
しかし子供は違う。
親御さんが桝田道場を選択して通ってくれてるのだ。
子供の意思などは半々だろう。
以前も書いたが昔の時代のノリと自分の熱の低さからか水戸本部の道場生が減っていったような気がする。
当時35歳ぐらいだった私に、おまえは指導が厳しすぎると上から言われた。
若いし現役だから下の気持ちが分からないんだとまで言われた。
十分、手は抜いてるつもりではいたのだが。
これぐらい昔は当たり前だと思っていた。
それからだんだんと穏便にやらねばと思うようになってっいった。
そうなるとテンションも低くなる。
人が少ないのは時代のせいにすればそれまでだが、やはり自分のテンションが低かったのは明らかだ。
ある先輩からは今の本部の稽古はスポーツジムのようだとまで言われた。
そんな理想と現実の狭間でもがいている自分がいた。
そうして指導に対して意欲が失い燃えられなくなっていってしまった。
子供を教え始まってはここ3年ぐらいか。
今では逆に少年部の指導をさせてもらって良かったと思っている。
子供を教えるようになってから、なんか吹っ切れたような気がする。
色々と実体験からと、子供(人)についてよく本を読むようになったりと勉強する機会が増えた。
しかし当初はおっかなびっくりだった。
子供とどう接していいのか分からなかったのだ。
優しくしないと辞めてしまうのではないかという恐怖感にかられていたのだ。
古館先輩に相談するとこう言われた。
「笹沼さん、女性と子供をしっかり教えられるようになったら指導者として1人前だ。恐れずに前に出なさい」と。
子供を怒ってしまった時も菅井には「子供たちは笹沼さんの気持ちは分かっている」と言われた。
そんな仲間たちには理解してもらい励ましてもらいながら、なんとか続けてこれた。
今はなんとなくだが自分なりの指導方針が少し見えてきたような感がある。
これも自分で道場を始めたり、色々な道場を回っているおかげだと思っている。
先輩方の気苦労もそれぞれだ。
話をすると色々と葛藤があるようだ。
長くやっていればそうだよな~と思った。
道場には色々なカラーがあってもいいと思う。
桝田道場の基本さえ押さえていれば。
それには指導者として、人を見る(特に子供)勉強や自分の空手の追求は大事だと。
道場生より常に先に行って、もし空手を深堀していきたい道場生がいるのであれば、自分の経験や研究していること伝えたい。
今は言えるのはそんなとこだ。
猿島道場はみな明るく一生懸命な道場生ばかりだ。
針谷君の情熱は道場生ばかりでなく、俺の心までを燃やしてくれた。
猿島道場のみなさんには感謝しています。
また私の心のノートに経験を刻めた気がする。
そういえば、針谷責任者にこれだけは言いたかった。
挨拶は一回だけにしてくれ。
ちなみにこの日は5回やらされた・・・・・・
おしゃべりな私もこれにはまいった。
私のおしゃべりは世間話用なんだよ(笑)




真剣な奴はカッコイイ・・・・・